人間関係で満たされている人は文章を書かないという持論

記事のタイトルは借りものです。
10万人のフォロワーを持つあたそさん(twitter)のインタビューでのことば。

私は文章を書くのが好きだ。
でも、それと同じくらい人と話すのが嫌いだ。

飽き性な私が、ここまで”文章を書く”ということに執着するのはなぜだろう。

誰も見ていないのに。
誰も応えてはくれないのに。

あたそさんの言葉でわかったような気がする。

それはきっと、ひとりぼっちだと感じてしまうからだ。


こんなツイートを見かけた。

私はまさに「嫌われたくない」という一心で人と関わってきた。

本当にそれだけ。
きっと”嫌う人”は私の一部を見て

「あそこが嫌い」とか「そういうところが嫌い」とか言うのだと思う。

でも、私にとってそれは全てを否定されているような気がしてならなかった。
だから「嫌われないように」生きてきたのだ。

「嫌われたくない」で仕事をした。
「嫌われたくない」で本心を隠した。
「嫌われたくない」で距離をおいた。

そしたらどうだろう。

他人に無益で、誰に何も与えられない人間になってしまった。
だから友人も片手で足りるくらいしかいない。

会社の先輩に

「え?wwお前LINEの友達それしかいないの?ww」

なんて言われた時はさすがに辛かった。

人と話すのは嫌いなのに、他人から遠い存在に感じるとなぜだか悲しくなるのかもしれない。

まぁ、そんな都合の良い話はないけどさ。


本当に私は誰に対しても無益なんだろうか。
1人くらいは影響を与えることはできるんじゃないか。

言葉で伝えられなくても、文章ならどうだろうか。

そうして救いを求めたのが多分ブログだ。

確かに人間関係で満たされている人は文章を書かない。
でも、人間関係に憧れる人こそ文章を書くんじゃないだろうか。

1人くらいは見てくれるはずだ。
1人くらい反応してくれるはずだ。

そんな思いで今日も文章を書きました。

いつか、いろんな人とこのブログで交流できるようになると良いな。

それまで、自分の気持ちを文章でうまく伝えられるように勉強するよ。

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