辛い大学生活。辛くさせたのは紛れもない自分自身だった。

大した年月過ごしてないからこそ生まれる悩み、さまざまな問題か私たちにはある。

イジメを受けているとか、友達がいないとか。

でも社会に出ているってことは色々考えなくてはいけなくて、対策というか私たちも何か始めなくてはいけないと思いました。

やはり人生って自分自身との戦いなのかもしれないなと感じたお話。

毎日が輝いているように思えた幼少期

小さい頃はどこにでもいる少年だった。

よく遊んだし、笑ったし、はしゃいだりもした。

何も悩むことはなかったし、心配することもなかったから。

今ではいじめなんかの標的にされそうな私でもこのころだけは何にもなかった。
自惚れてしまうほどに。

だからこそ毎日が幸せだった。

そんな幼少期を過ごしたからか、自惚れの強い子だったのかもしれません。

そのまま中学を卒業して、私の性格はちょっとずつ変わっていきました。

馴染めなかった高校時代。友達は極端に少なかった。

あんなに楽しかった小・中学校も、高校に入るとびっくりするほど馴染めていませんでした。

友達と呼べる人もそんなに多くありません。

部活動に所属していましたがコミュニティは狭く、友達といえば片手で数えられるほど。

どんな人にでも一線というか、離れた位置からしか仲良くできなかった私は高校のノリというやつがまったく理解できなかった。

人見知りとかそういうのではなく、人との距離を大きく開けるようになっていきました。

だからよく

『◯◯ってノリ悪いよね』

なんて言われたけど、

『このノリの悪さが私なんだから仕方ないじゃん』

って開き直りながら、人には歩み寄ろうとしなかった。

それがいけないとなぜわからなかったのだろう。

自分には確実に足りていない部分があることに気づいてしまった。

辛かった大学時代。やはり私には何かが足りなかった。

大学に入っても、馴染めないという事実は変わらなかった。

そんな自分に足りていなかったもの。

それは「相手の人を理解しようとしていなかったこと

人を見た目だけで判断して、この人とは合わないだろうとか、絶対こういう人だから。
と、レッテルを貼り付けて自分からは歩み寄ろうとしなかったことでした。

結局、大学では友人を作りたいと思っていても自分から接しなかったことで2年間。

2年間も一人で過ごしました。

ご飯を食べるのにも一人では浮いてしまうし、講義の内容や課題の疑問など、誰にも聞けない日々が続きました。

何より友人や家族にひとりぼっちになっていると思われたくなかったのも大きかった。

現状を変えたいならまず自分が動き出さなきゃいけない。

その後も色々あって、大学を辞めた。

周りの目とか、友人に会いづらいとかいろいろあったけど、そんなことよりも自分が壊れそうだった。

動き出すのにはとても労力がいることは知っている。
後でもっと辛くなるのかもしれない。

でもそんなことより何より、

ただただ逃げたかった。

このまま何かをすり減らし、惰性で生きていくことよりも、ほんの僅かな未来に賭けた。

良い方向に進むか、悪いことに進むかはわからないし、知らない。

どちらにせよ行動しなければ結果は変わらないのだから

いつだって私の選択は間違っていなかったって思いたい。

あの「大学」という環境では生きていくことはできなかった。

でも辛くさせたのは間違いなく自分で、辞めることになったのも自分のせいなのだ。

けれども、今思えばあの時逃げ出したことはきっと間違っていなかった。
たまたま良い方向に進めただけであっても、それでも間違っていなかった。

この言い訳を拠り所に私はここまでやってきたが、
こうやっていつまでも言い訳ばかりでいれば、絶対に自分の中で変わることはできないのかもしれない。

学ぶことはたくさんあった。
自分自身の伸び代もわかった。

あとは自分の中でどう活かしていくかだけなんだと思う。

「人生は選択の連続だ。」

私はこの言葉を結構気に入っている。

「間違っていた選択」を間違っていなかったと思うためだけに、
昨日の自分を肯定するために、毎日を生きている。

 

 

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